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岡山地方裁判所 平成2年(ワ)379号 判決 1992年2月25日

原告(反訴被告)

井上紀子

被告(反訴原告)

石浦要

主文

一  本訴原告(反訴被告)の本訴被告(反訴原告)に対する別紙記載の交通事故に基づく損害賠償債務が存在しないことを確認する。

二  反訴原告(本訴被告)の反訴請求を棄却する。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じ本訴被告(反訴原告)の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴)

一  請求の趣旨

1 原告の被告に対する別紙記載の交通事故に基づく損害賠償債務は存在しないことを確認する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴)

一  反訴請求の趣旨

1 反訴被告は、反訴原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成二年七月一〇日から完済までの年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は反訴被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  反訴請求の趣旨に対する答弁

1 反訴原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は反訴原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴請求原因

1  本訴原告(反訴被告、以下、単に「原告」という。)及び訴外石浦タカ子(以下、亡タカ子という。)の間で、別紙記載の交通事故(以下、本件事故という。)が発生した。

2  亡タカ子は、平成二年六月二一日、急性心不全により死亡した。

3  本訴被告(反訴原告、以下、単に「被告」という。)は、亡タカ子の母親であり、亡タカ子には子供がおり同女の相続人ではないにもかかわらず、亡タカ子の相続人と称して、原告に対して本件事故に基づく損害金の支払いを求めている。

4  しかし、被告は、亡タカ子の相続人でないばかりか、亡タカ子の死亡と本件事故との間には因果関係がないのであつて、原告には被告に対する損害賠償義務はない。

5  よつて、請求の趣旨記載の判決を求める。

二  本訴請求原因に対する認否

1  本訴請求原因1は認める。

2  同2の内、亡タカ子が平成二年六月二一日に死亡したことは認める。

3  同3の内、被告が亡タカ子の母親であり、亡タカ子の相続人と称して、原告に対して本件事故に基づく損害金の支払いを求めていることは認める。その余は不知。

4  同4は否認ないし争う。

三  本訴抗弁及び反訴請求原因(以下、単に本訴抗弁という。)

1  原告と亡タカ子の間で請求原因1記載の事故が発生した。

2  原告は、駐車場内で車両を後進させるに当たり、後方の安全を十分確認しないで漫然後進させた過失により、亡タカ子を本件事故により死亡させた。

3  亡タカ子は、本件事故により、右膝関節打撲、擦過傷、右足擦過傷、右側腹部打撲の障害を受け、平成二年六月二一日まで一四日間にわたり岡山協立病院に通院し同日死亡した。亡タカ子は本件事故により次の損害を被つた。

(1) 休業損害 金一〇万四三八六円

(2) 逸失利益 金二五九三万九一六〇円

(3) 慰謝料 金一五〇〇万円

4  被告は、亡タカ子の実母たる相続人であり、3記載の損害賠償請求権を相続により取得した。

5  被告は、亡タカ子の死亡により次のとおり固有の被害を被つた。

(1) 葬儀、初七日、四九日法要に要した費用 金一〇〇万円

(2) 葬儀、初七日、四九日法要の際の寺へのお布施 金三〇万円

(3) 慰謝料 金二〇〇万円

(4) 弁護士費用 金四〇〇万円(内被告固有の損害を求めるための弁護士費用は金三〇万円)

6  よつて、被告は、原告に対し、本訴抗弁記載の損害の合計額の内金一〇〇〇万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日から完済まで年五分の割合による金員の支払いを求める。

四  本訴抗弁に対する認否

1  本訴抗弁1は認める。ただし、事故の態様は争う。

2  同2の内、原告に過失があることは認める。その余は否認する。

3  同3の内、亡タカ子の死亡及びその日にちは認める。その余は否認する。

4  同4は否認する。亡タカ子には南石重實との間に南石ひろみ及び南石光子の二人の子があるので、被告は亡タカ子の相続人ではない。

5  同5は否認する。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  本件事故の発生及び亡タカ子の死亡

1  本訴請求原因1は当事者間に争いがない。

2  同2の内、亡タカ子が平成二年六月二一日に死亡したことについては当事者間に争いがなく、甲四ないし六号証及び一〇号証によるとその死因は急性心不全であつたことが認められる。

二  本件事故と亡タカ子の死亡との因果関係

1  被告は、亡タカ子の死亡と本件事故には因果関係がある旨主張する。なるほど、亡タカ子は、本件事故の一四日後に死亡していることは前認定のとおりであり、甲三号証及び証人石浦猛の証言中には、亡タカ子が本件事故後、頭、腹部、手が痛いと言つていたこと、同女の腹部は汚い黒色となつていたこと、頭部に異常があり内出血していたこと、石浦猛が同女の容体を気づかつて入院を勧めたが病院から断られたこと、同女は死亡直前には立つことも困難な状態になつたこと、火葬の際亡タカ子の骨に小豆色の血痕(頭蓋骨の内部にも小豆色の斑点があつた。)があつたことなど、本件事故と亡タカ子の死亡と因果関係を推認させるような部分がある。

2  しかし、他方、甲一ないし七号証、乙一号証の一、二、証人中島寛の証言によると次の事実が認められる。

(1)  本件事故は、原告が普通乗用自動車を運転して、ゆつくり後退しながら駐車場から県道上に出ようとしたところ、気分が悪く駐車場の端の歩道上で腰を降ろして休んでいた亡タカ子に衝突し同女が転倒したものであり、同事故は人身事故の扱いをされず、送致もされていない軽微な事故であつた。

(2)  亡タカ子は、事故後直ちに救急車で岡山協立病院に搬入され、同病院で診察及び治療を受けたが、その際三日間の安静治療を要する見込みの右膝関節部打撲擦過傷、右足擦過傷、右側腹部打撲との診断を受けた。頭部胸部に外傷はなく、神経学的所見に異常は見られなかつた。なお、頚部痛の訴えがなされ、その治療も行われている。

(3)  亡タカ子は、六月八日ないし一〇日、一二日、一四日、一六日、一八日、二〇日及び二一日の九日間、岡山協立病院に通院し、外科、整形外科、神経科において治療を受けたが、治療経過をみても亡タカ子が急性心不全となる兆候及び客観的所見(腸骨部に皮下出血があつたが腹腔部の出血はない。頭部の異常、内出血のおそれもなかつた。その他、心不全をもたらすような整形外科、外科、精神科的な所見はみられなかつた。)は何ら見られなかつた。

(4)  亡タカ子は、以前から、ヒステリー、不安神経症、自律神経失調症等により、岡山協立病院精神科に通院して治療を受けており、整形外科的な自覚症状は日増しに悪化しているが、それに相応する他覚所見は見られない。

3  また、亡タカ子の診断治療に当たつた岡山協立病院の中島寛医師、吉崎振起医師は、本件事故による症状には、急性心不全をもたらすような症状はみられず、本件事故と亡タカ子の死亡には因果関係がないとし(証人中島寛の証言、甲五号証)、岡山大学医学部教授何川涼も本件事故と亡タカ子の死亡との因果関係を原則的に否定している。(甲八号証)。

4  結局、2記載の事故の程度及びその後の経過、亡タカ子の傷害に関する客観的な所見、3記載の因果関係に関する医師による専門的医学的な意見等に照らすと、被告の主張にかかわらず、本件事故と亡タカ子の死亡には因果関係がないといわざるをえない。少なくとも、因果関係の存在を立証できたとはいえない。甲三号証及び証人石浦猛の証言は、不安神経症等のため誇大にものを言う傾向のある亡タカ子の説明を鵜呑みにしたり、客観的事実の裏付けのない部分が多く、2及び3記載の前掲各証拠に照らし借信しがたい。

三  結論

1  以上によれば、本件事故と亡タカ子の死亡との因果関係の立証がないから、亡タカ子の死亡を原因として発生した損害(亡タカ子の逸失利益及び慰謝料、被告が支出した葬儀及び法要等の費用、被告固有の慰謝料)については、原告にその支払いをすべき義務はない。

2  甲一一、一三ないし一七号証によると、亡タカ子には南石重實との間に南石ひろみ及び南石光子の二人の子があることが認められる。したがつて、亡タカ子が傷害を負つたことに基づき発生した損害(亡タカ子の休業損害)については、原告にはそれを負担する義務があるが、被告は亡タカ子の相続人ではないので、少なくとも、被告に対して同損害を支払う義務はない。

3  以上によれば、被告の弁護士費用の請求は理由がない。

よつて、原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容し、被告の反訴請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 山名学)

別紙 本件交通事故の表示

日時 平成元年六月八日午後二時四五分頃

場所 岡山市円山八九番地の六駐車場

加害者 本訴原告(反訴被告)

加害車両 本訴原告(反訴被告)運転の普通乗用自動車(福山五六も九七五〇)

被害者 訴外亡石浦タカ子

事故態様 前記日時において、本訴原告(反訴被告)運転車両が後退しながら駐車場から道路上に出ようとしたところ、同車両後方にいた訴外亡石浦タカ子に衝突し、同女が転倒したものである。

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